名古屋地方裁判所 平成元年(行ウ)33号 判決 1992年4月24日
原告 藤田幸雄
右訴訟代理人弁護士 花井増賓
被告 岡崎市長 中根鎭夫
右訴訟代理人弁護士 杉浦鉦典
右指定代理人 浅井勲 外四名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が平成元年一月一九日付けでした別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)に係る開発行為の不許可処分を取り消す。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 原告は、平成元年一月一〇日付けで、被告に対し、本件土地にリゾートホテルを建築する目的で都市計画法二九条に基づき開発行為の許可申請(以下「本件申請」といい、本件申請に係る建築物を「本件建築物」という。)をした。
2(一) 被告は、同月一九日付けで、「当該市街化調整区域内には、都市計画法(以下「法」という。)三四条二号の規定に該当する観光資源が存在しない。」との理由で、本件申請を許可できないとの処分(以下「本件処分」という。)をした。
(二) 原告は、同年二月三日、愛知県開発審査会に対して審査請求をし、同審査会は、同年九月七日、審査請求を棄却する旨の裁決をした。
3 本件申請に係る市街化調整区域内(以下「本件区域内」という。)には、三河湾国定公園(自然公園法上の国定公園区域の第三種特別地域)があるほか、次のような三河湾スカイライン、岡崎市国民宿舎桑谷山荘(以下「桑谷山荘」という。)、桑谷展望台、桑谷キャンプ場等が存在する(争いのない事実、検証)。
(一) 三河湾スカイライン
三河湾スカイラインは、山腹を走る有料道路で、途中に一か所パーキングエリアを設けてあり、眼下に蒲郡市等の市街及び三河湾一帯を見ることができる。
(二) 桑谷展望台
桑谷展望台は、三六〇度の展望が可能で、眼下に三河湾を一望できるほか、その後背地をも一望することのできる地である。
(三) 桑谷山荘
桑谷山荘は、桑谷展望台への遊歩道の登り口にあって三河湾を一望することができ、駐車場、宿泊施設、食堂、展望鏡等を備えている。なお、桑谷山荘の直下には、三河湾スカイラインの坂本インターチェンジがある。
(四) 桑谷キャンプ場
桑谷キャンプ場は、桑谷山系遊歩道の中に組み込まれており、桑谷展望台から約一キロメートル北西に下ったところにある。
第三争点に関する当事者の主張
1 本件区域内には法三四条二号にいう「観光資源」が存在するか(争点1)。
(一) 原告
法三四条二号にいう観光資源とは、観光基本法一四条に規定されているものを指すと解すべきところ、同条は「国は、史跡、名勝、天然記念物等の文化財、すぐれた自然の風景地、温泉その他産業、文化等に関する観光資源の保護、育成及び開発を図るため、必要な施策を講ずるものとする。」と規定しているので、三河湾国定公園が観光資源に当たることはいうまでもないが、その余の前記施設等もこれに当たることは明らかである。
(二) 被告
(1) 観光基本法一四条は、国が保護、育成を図るため必要な施策を講ずる観光資源を例示的に掲げているにすぎず、法三四条二号に定める観光資源を定義したものではない。
法三四条二号の運用は、昭和四四年一二月四日付け建設省計宅開発第一一七号・建設省都計発第一五六号通達(以下「本件通達」という。)に沿ってされているところ、本件通達中には、「観光資源の有効な利用上必要な施設、宿泊又は休憩施設その他これらに類する施設で、客観的に判断して必要と認められるものが該当する。」との定めがあり、更に、本件通達に基づいて定められた愛知県運用基準においては、観光資源について「利用対象となる観光資源が温泉又は神社、仏閣、史跡若しくは海水浴場等で、多数人が集中する等観光価値を有するものであること。」とされているところ、本件区域内には、右のような意味の観光資源は存在しない。
本件区域内に含まれる三河湾国定公園の区域は、自然公園法上の国定公園区域の第三種特別地域のみであり、この地域は国定公園に関する公園計画のうち保護のための規制に関する区分であって、自然公園法施行規則九条の二第三号によれば、特別地域のうちでは風致を維持する必要性が比較的低い地域であって、特に通常の農林漁業活動については原則として風致の維持に影響を及ぼすおそれが少ない地域をいうものとされているので、前記運用基準に定める具体的な観光資源自体とは異なり、観光資源に当たるものではない。
(2) また、原告の主張する施設等は、次に述べるように、観光資源には当たらない。
<1> 三河湾スカイライン
三河湾に温泉、海水浴場等、法に定める観光資源が存在する可能性はあるが、三河湾スカイラインは、パーキングエリア又は低速の自動車から右観光資源を展望できるというにすぎないのであるから、それ自体はあくまでも自動車道であって観光資源ではない。
<2> 桑谷展望台
桑谷展望台は、眼下に存在する観光資源を展望する目的で創られた手段としての工作物にすぎないのであるから、観光資源には該当しない。
<3> 桑谷山荘
桑谷山荘は、景勝地を一望することのできる地にその展望を目的として建築されたものであって、施設自体が観光資源ということはできないので、観光施設には当たらない。
<4> 桑谷キャンプ場
桑谷キャンプ場は、野外訓練施設であって、その環境、施設等の優劣は観光資源と認定するか否かの判断には全く関係がない。
2 本件建築物は法三四条二号にいう「観光資源・・・の有効な利用上必要な建築物」に該当するか(争点2)。
(一) 原告
本件建築物はリゾートホテルであり、前記観光資源への足場としての宿泊施設であって、観光資源の活用にとって欠くことのできない施設である。
(二) 被告
原告主張の施設等が観光資源に当たるとしても、右施設等と本件土地との位置関係からして、本件建築物は観光資源の有効な利用上必要な建築物には当たらない。
(1) 三河湾スカイラインは、自動車の交通の用に供するため設けられた自動車道としての施設であるが、この設置目的、設置場所と本件土地との位置関係等に照らし、本件建築物かその有効利用上必要な建築物に当たらないことは明らかである。
(2) 桑谷展望台は、風景を展望するための単なる工作物であり、その設置目的、利用形態、本件土地との位置関係等から、本件建築物がその有効利用上必要な建築物に当たらないことは明らかである。
(3) 桑谷山荘及び桑谷キャンプ場は、それ自体が宿泊に関連する施設であり、宿泊に関連する施設の有効利用に宿泊施設を設けるということは論理矛盾も甚だしく、本件建築物がこれらの有効利用上必要な建築物に該当しないことは明白である。
第四争点に関する判断
一 争点1について
1 法三四条は、都市計画区域を市街化区域と市街化調整区域とに区分して無秩序な市街化を防止し計画的な市街化を図るという制度の趣旨を確保するために、都道府県知事に対して、市街化調整区域においては、同条各号の規定に該当しない開発行為に係る開発許可の申請に対し、それが法三三条の要件に該当するものであっても、許可をしてはならない旨を定めたものであり、法三四条二号が市街化調整区域内に存する観光資源等の有効な利用上必要な建築物の用に供する目的で行う開発行為を許可し得るとしたのは、観光資源等の国土の資源を有効に利用することが国土の均衡ある発展を図るために必要なことであり、また、実際上も資源が利用される場所が特定されて、無秩序な市街化が図られることも少ないからであると解される。
そして、法三四条二号にいう「観光資源」の意義については、法に特段の定義規定が設けられておらず、かつ、法三四条の前記の立法趣旨からしても特殊な意味を有するものとして用いられていると解すべき事情は窺えないので、結局、社会通念に従って決するほかないというべきところ、観光基本法一四条が「国は、史跡、名勝、天然記念物等の文化財、すぐれた自然の風景地、温泉その他産業、文化等に関する観光資源の保護、育成及び開発を図るため、必要な施策を講ずるものとする。」と規定し、観光資源の例示の一つとして「すぐれた自然の風景地」を挙げていることは、社会通念上、これが観光資源に該当することを示す有力な根拠となるというべきであり、「すぐれた自然の風景地」は法三四条二号にいう「観光資源」に当たると解するのが相当である。なお、証拠(<書証番号略>)によれば、愛知県運用基準は、法三四条二号該当性を判断する要件の一つとして、「利用対象となる観光資源が、温泉又は神社、仏閣、史跡若しくは海水浴場等で多数人が集中する等観光価値を有するものであること。」と定めていることが認められるが、運用基準の定め方如何によって前記の解釈を左右することはできないのみならず、右運用基準が掲げる「温泉又は神社、仏閣、史跡若しくは海水浴場」及び「多数人が集中する」は例示的に列挙されたにすぎないものであるから、右運用基準は前記の解釈と矛盾するものではないというべきである。
2 これを本件についてみるに、前記第二の一3の事実及び証拠(<書証番号略>、検証)によれば、<1>岡崎市の東南部は蒲郡市の北部と接しているところ、両市の境界付近は尾根になっており、その付近一帯は三河湾国定公園区域の第三種特別地域に指定されていること、<2>三河湾スカイラインは右第三種特別地域内にほぼ右尾根に沿って設置されており、桑谷展望台及び桑谷山荘も右地域内に存在するが、桑谷キャンプ場は右地域外に存在することが認められる。
ところで、自然公園法二条三号所定の国定公園は、国立公園に準ずる「すぐれた自然の風景地」であって、環境庁長官が区域を定めて指定するものであるところ、前記の事実及び証拠(<書証番号略>、検証)によれば、桑谷展望台及び三河湾スカイラインは、三河湾等の景観を楽しむために、本件区域内の三河湾国定公園区域の中でも特に景観がよく観光客が訪れるような場所に設けられたものであることが認められるのであるから、これらの施設ないしその存する場所がすぐれた自然の風景地として観光資源に当たることは明らかである。被告は、三河湾スカイライン及び桑谷展望台の「道路」及び「展望台」という物的施設としての面のみを強調して観光資源には当たらない旨主張するが、その置かれている場所的要素を無視するものであって、相当でないというべきである。
したがって、原告主張のその余の施設等が観光資源に該当するか否かを判断するまでもなく、本件区域内に観光資源が存在する旨の原告の主張は相当であり、被告の主張は採用することができない。
二 争点2について
1 申請に係る建築物が法三四条二号にいう「観光資源・・の有効な利用上必要な建築物」に該当するか否かの判断に当たっては、同条同号の前記の趣旨に照らし、当該建築物の建築の用に供する目的で行う開発行為が、無秩序な市街化を防止するために開発行為が原則として許可されない市街化調整区域内において例外的に許され得る開発行為に該当するか否かという観点から、当該建築物が当該観光資源を利用するために必要かつ適切なものであるかということとともに、その建築予定地が観光資源を利用するために必要な場所として特定され、無秩序な市街化が図られるおそれのないものであるかということ等を考慮して総合的に判断すべきものである。そして、当該建築物が宿泊施設である場合には、当該観光資源と宿泊施設建築予定地との場所的関係及びこれらを結ぶ道路、交通状況等に照らし、当該建築物が当該観光資源を利用するために必要かつ適切な宿泊施設であるか否かということとともに、当該市街化調整区域内にこれを建築することが必要やむを得ないことであるのか否か等が重要な要素として考慮されるべきであるということができる。
2 これを本件についてみるに、前記第二の一3の事実及び証拠(<書証番号略>、検証)によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件土地は、岡崎市の東南部に位置し、国道一号線の本宿交差点を分岐点として、蒲郡市内の中心地に至る主要地方道蒲郡本宿線(幅員約六・五メートル。以下「県道」という。)沿いの同交差点から南へ約一・八キロメートルの地点(同交差点と後記鉢地坂トンネルとのほぼ中間点)に存在し、同地周辺地域は、準用河川鉢地川沿いで、東部、西部及び南部が森林に囲まれた山間にある。また、本件土地へは定期バスの便がないので、県道を徒歩又は自動車等を利用して到達することになる。
(二) 本件土地は三河湾国定公園区域外にあり、本件土地から三河湾スカイライン、桑谷展望台等の原告主張の施設等に至るためには、一旦県道を北進し、国道一号線を左折西進して市街化区域内を経た後、更に南進するのが唯一の経路であって、右施設等のうち本件土地から一番近い桑谷山荘までは、道のりにして九・七五キロメートルであり、自動車で一八分三〇秒位を要する。
(三) 本件土地から県道を南下すると、三河湾国定公園区域に入り、岡崎市と蒲郡市との市境界を貫いて三河湾スカイラインの下を通る鉢地坂トンネルに至るが、それまでの間、三河湾を眺望することはできず、更に南下すると蒲郡市の市街地を経て三河湾に至る。なお、本件土地付近から鉢地坂トンネルに至るまでの間には、いわゆるラブホテルが十数軒あるが、他には観光上取り上げるべき施設等はない。
右の事実によれば、本件土地から原告が本件区域内の観光資源と主張する三河湾スカイライン、桑谷展望台等に至るためには、自動車で相当程度の時間走行し、しかも、途中で一旦本件区域内を出て市街化区域を通過することが必要であるから、これらの施設等を有効に利用するために宿泊施設が必要であるとしても、時間的・距離的に便利な右市街化区域内にこれを設ければ足りるのであって、時間的・距離的に不便であり、しかも市街化調整区域内にある本件土地に敢えてこれを設ける必要はないというべきである。また、本件建築物が本件区域内の三河湾国定公園区域の有効な利用上必要な建築物であるとも認められない。
第五結論
そうすると、本件建築物は法三四条二号にいう観光資源の「有効な利用上必要な建築物」に当たらないというべきであるから、本件処分は適法であり、本訴請求は理由がない。
(裁判長裁判官 瀬戸正義 裁判官 杉原則彦 裁判官 後藤博)
別紙 物件目録
愛知県岡崎市鉢地町字山本二五番一
山林 二一一平方メートル
同所二四番四
山林 八五平方メートル